大判例

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東京地方裁判所 昭和59年(モ)9084号

債権者

沼沢繁作

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

山田裕祥

債務者

石川島播磨重工業株式会社

右代表者代表取締役

稲葉興作

右訴訟代理人弁護士

松崎正躬

渡辺修

吉沢貞男

主文

一  債権者と債務者間の当庁昭和四五年(ヨ)第二四〇三号地位保全仮処分申請事件について、当裁判所が昭和四七年一二月一三日にした仮処分決定は、これを取り消す。

二  債権者の本件仮処分申請をいずれも却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  債権者と債務者との間の東京地方裁判所昭和四五年(ヨ)第二四〇三号地位保全仮処分申請事件について、同裁判所が昭和四七年一二月一三日付けでした仮処分決定を認可する。

2  訴訟費用は債務者の負担とする。

二  債務者

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  異議申立ての理由

1  債権者は、債務者会社に勤務していたところ、昭和四五年五月四日付けで、事故欠勤による休職期間満了により従業員の資格を喪失した旨の通知を受けたが、右の従業員の資格喪失処分は無効であると主張して、東京地方裁判所に地位保全並びに昭和四五年七月九日以降の賃金及び賞与の仮払を求める仮処分(当庁昭和四五年(ヨ)第二四〇三号地位保全仮処分、以下「本件仮処分」という。)を申請した。東京地方裁判所は、昭和四七年一二月一三日、右仮処分申請を一部認容する決定(以下「本件仮処分決定」という。)をした。

2  債権者は、債務者を被告として、右仮処分事件の本案訴訟である雇用関係存続確認等請求の訴を東京地方裁判所に提起したが(当庁昭和四七年(ワ)第一〇七七七号)、昭和五二年三月一〇日、債権者の請求をすべて棄却する旨の判決が言渡された。債権者は控訴したが(東京高等裁判所昭和五二年(ネ)第七一一号)、昭和五六年一一月一二日、債権者の控訴及び控訴審で拡張した請求を棄却する旨の判決が言渡された。債権者は上告したが(最高裁判所昭和五七年(オ)第四〇一号)、昭和五七年一〇月八日、債権者の上告を棄却する旨の判決が言渡され、一審判決及び控訴審判決(請求拡張分)は確定した。

3  以上により、本件仮処分決定は、本案判決の確定によってその事情が変更し、仮処分申請の理由がないことが明らかになったから、本件仮処分決定は取り消されるべきであり、同様の理由から、債権者の本件仮処分申請は却下されるべきである。

よって、債務者は主文と同旨の判決を求める。

二  異議申立ての理由に対する債権者の認否

異議申立ての理由1、2は認めるが、同3は否認する。

三  債権者の主張

1  異議権の放棄又は信義則違反

債務者は、本件仮処分決定に対し異議を申し立て、同異議事件は東京地方裁判所に係属したが、本案の第一審判決言渡後である昭和五三年四月二六日、債務者は、右異議申立てを取り下げた。これは、債務者が、債権者の生活実態やその他の事情からみて、本件仮処分の取消しを求めるまでの必要はないと判断して異議権を放棄したものである。仮にそうでないとしても、債権者に対する報復の趣旨で再度異議申立てを行うのは、民法一条の信義則に反し、権利の濫用であり、また、禁反言の原則にも違反し、許されない。

2  権利失効の原則による異議権の喪失

右1の事情によれば、債務者は、債権者に対し、異議申立て、特に債務者勝訴の本案判決を理由とする異議申立てはしないとの強烈な信頼を与えたのであるから、仮処分決定後一二年近くも経過した時点で、債務者勝訴の本案判決を理由に異議申立てをするのは権利失効の原則に照らして許されない。

3  時機に後れた攻撃防御方法の却下

本件仮処分決定は、現時点から一二年も前の昭和四七年になされたものであり、昭和五二年三月一〇日には債務者勝訴の本案の第一審判決も出ている。したがって、この間、債務者はいつでも異議申立てをすることができたはずであり、現に一度は異議申立てをしたが、その後これを取り下げたのであるから、本件異議申立ては、明らかに債務者の故意又は重大な過失により時機に後れて提出された攻撃防御方法であり、却下されるべきである。すなわち、本件仮処分決定を認可すべきである。

4  終局判決後の異議申立ての取下げと再訴の禁止

本案訴訟の終局判決があったときは、それを理由に異議訴訟の判決を得ることは極めて容易であったはずである。本案訴訟の判決が異議訴訟の判決より簡易な手続でなされるということはありえず、異議訴訟の判決以上に裁判所の手を煩わせているのであるから、本案の終局判決、特に債務者勝訴の判決後に異議申立てが取り下げられたときは、もはや再度の異議申立ては禁止されると解すべきである。これは民事訴訟法二三七条二項の趣旨にも合致するものである。

5  異議申立ての利益の不存在

本件仮処分決定は、継続的な有償双務契約関係を仮に形成したものであって、異議訴訟の判決により既に経過した関係をそ及的に取り消すということは不可能であり、将来に向ってのみ取り消す意味しかない。本件仮処分決定のうち、賃金仮払を命じた部分は、「第一審判決の言渡まで」という期間的制限を付したものである。したがって、第一審判決の言渡前ならば、異議申立てにより、残存期間内である将来に向って仮処分の取消しを求める利益はあるが、第一審判決の言渡後であれば、もはや将来に向って仮処分の取消しを求める利益はない。よって、債務者の異議申立ては、申立ての利益を欠き、不適法である。

四  債権者の主張に対する債務者の認否

1  債権者の主張1のうち、債務者がかつて本件仮処分決定に対し異議を申し立てたが、本案の第一審判決言渡後の昭和五三年四月二六日、右異議申立てを取り下げたことは認めるが、その余の主張はすべて争う。

2  債権者の主張2ないし5は争う。

第三疎明

疎明に関する事項は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  異議申立ての理由1、2の各事実(本件仮処分決定の存在、及びその本案訴訟において債権者敗訴の判決が確定したこと)は、当事者間に争いがない。

二  債権者は、債務者がかつて本件仮処分決定に対して異議を申し立てたにもかかわらず、本案の第一審判決言渡後の昭和五三年四月二六日、右異議申立てを取り下げたから、債務者は異議権を放棄したものであり、仮にそうでないとしても、債権者に対する報復の趣旨で再び異議申立てをするのは信義則に反し、権利の濫用であり、禁反言の原則にも違反すると主張するが、前記一の当事者間に争いのない事実によれば、債務者は異議申立てを取り下げた後も、本案訴訟において債権者が債務者の従業員たる地位にあることを争っていたのであるから、異議申立てをいったん取り下げたからといって、そのことから直ちに異議権を放棄したものとみることはできない。また、異議は、債務者に認められている訴訟法上の権利であり、これに前記一記載の本案判決の内容及び同判決確定に至る経緯を併せ考えれば、本件異議申立てが債権者に対する報復の趣旨でなされたものとは認められないし、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる疎甲第一号証(債権者作成の陳述書)によっても、本件異議申立てが信義則に反し、権利の濫用であると認めることはできず、他に債権者主張のような事実を認めるに足りる疎明はない。

次に、前記一の当事者間に争いのない事実によれば、債務者勝訴の本案判決が確定したのは昭和五七年一〇月八日であり、他方、債務者が本件異議申立てをしたのが昭和五九年七月三日であることは記録上明らかであるから、本件異議申立ては、債務者勝訴の本案判決確定後二年を経ずしてなされたものであることが明らかである。そうすると、仮に権利失効の原則の適用により異議申立権を喪失する場合がないとはいえないとしても、本件は、異議申立権を有する者(債務者)が長期間にわたりこれを行使せず、債権者においてもはや異議申立権は行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至ったため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合に当たらないものというべきである。よって、この点に関する債権者の主張も採用できない。

債権者は、本件異議申立ては時機に後れて提出された攻撃防御方法であるから却下されるべきであると主張するが、異議は、保全処分申請につき口頭弁論を経て終局判決で裁判することを求めるとともに、併せて原決定の当否の判断を求める申立てであり、民事訴訟法一三九条の「防禦ノ方法」に当たらないから、右主張も失当である。債権者は、本案の終局判決後に異議申立てが取り下げられたときは、再度の異議申立ては禁止されると主張し、その根拠として民事訴訟法二三七条二項を挙げるが、異議申立ての取下げに民事訴訟法二三七条二項を準用ないし類推適用する余地はないから、債権者の右主張は理由がない。

更に、債権者は、本件仮処分決定は、第一審判決の言渡まで賃金の仮払を命ずるものであるところ、本件異議申立ては第一審判決の言渡後になされたものであり、異議により仮処分決定が取り消されても、仮処分決定により第一審判決の言渡までの間に形成された継続的な有償双務契約関係がそ及的に消滅することはないから、債務者には本件仮処分の取消しを求める利益はないと主張する。しかし、債権者敗訴の本案判決が確定しても、本件仮処分決定は当然に効力を失うわけではなく、仮処分決定が存続する限り、債務名義としての執行力は残存しているから、債務者が仮処分の取消しを求めるため異議を申し立てる利益はなお存するものと解するのが相当である。

以上によれば、債権者の主張はいずれも採用できない。そうすると、本件仮処分決定は、債権者敗訴の本案判決の確定という事情の変更により取り消されるべきであり、債権者の本件仮処分申請は却下されるべきである。

三  よって、本件仮処分決定を取り消し、債権者の本件仮処分申請をいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎博一)

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